待っていた

薄暗い夜道はいつだって心細い。

懐中電灯は精神的安心にそこまで大きな貢献はしてくれない。

 

ずっとライトがつかないままだった。

 

冬も夏も、ずっと週に3日ほど、ここの小学校のグラウンドでは夜サッカーをする少年と大人で賑やかだった。

 

緊急事態宣言をうけ、いつのまにかライトはつかなくなった。

 

夜ウォーキングするのに、この学校のナイターがついてくれていないと、怖くて遠回りをする羽目になっていたのだ。

 

あちこちの学校のナイターの明かりが田舎町に映える。

光を遮るものがないのだ、あれは〇〇中学校、あっちは〇〇高校。街全体がにぎやかになるのを感じる。

 

ナイターの照らす明かりの存在感はとても大きい。とても頼りになる。駅からの帰り道でも、すぐ横の中学校のナイターがついてくれているととても嬉しい。

 

みんな元気に走り回る。大人の声も聞こえる。

まだサッカークラブに入ったばかりだろうか、小さな子も何人か頑張っている。

 

砂埃にまみれて汗をかいてくたくたになるんだろうな…

そんな想像ができることに有り難ささえ感じた。

私は彼らの姿に心癒されている。

 

私のウォーキングコースも明るくなった。

 

 

大好きな秋が来た。静岡はまだまだ暑い。

だけど、夜はたまらなく心地よく涼しい。

 

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こんなにも空気が賑やかに感じるのは初めてかもしれない。涼しくなっていく静かな雰囲気の秋も好きだけど、最近の弾けたような空気はなんだかとても心地よい。

 

 

夜ウォーク

涼しくなってきたから最近夜1時間ほど歩くことにした。

 

ラジオを聴きながら、歩く。

田舎だから明るい大通りを選ぶとなるとほぼ同じコースになるのだが、何故だか飽きない。

 

大きな橋を渡る。

遮るものがないから、風がとても気持ちがよく、月も星も良く見える。

 

 

すれ違う人も幾人かいて、私は勇気を出して時々挨拶をする。

 

「こんばんは」

 

しかし、この一言がなかなかに出ない。

こんばんは以外も、年々大人の階段を上がるにつれ出なくなっている気がするのだけど、そんなに相手がよく見えないし、気軽にしたらいいのに、と自分に突っ込みたくなる。

なぜだか、喉につかえてしまう。

 

挨拶したら返してくれそうかな、とギリギリまで悩み、勢いで出している感じだ。

 

今日は5人くらいすれ違って、ひとりも挨拶できなかった…

 

と思っていたら、家に着く少し前に、

「こんばんは」と割とはっきり目にラジオを聴くイヤホンを突き抜けて聴こえてきた。

 

大柄の男性が爽やかに挨拶してくれた。

 

私は慌てて

「こんばんは!」と返した。

 

う、嬉しい…

 

改めて、人に挨拶してもらうと言うことはこんなに嬉しいのか!と思った。

 

 

ちょっとの勇気がいるけれど、また歩く時、2人くらいには挨拶してみようかな。(全員はちょっと…まだ…笑)

 

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タスキは必須!

 

五輪ありがとう

オリンピック、パラリンピックtokyo 2020が無事閉幕。

 

今大会、たくさん観たよ。

知らなかった国、知らなかった競技、ルール、たくさん知ることができた。

 

私は開催に賛成し、終わった今も開催して良かったと心から思っている。

 

大会前に大好きなラジオ番組で、静岡代表の選手にインタビューしてる回があって、その選手がでるとその時のやりとりが思い出され、不思議と身近に感じながら応援してた。

 

東京大会は成功だ。

こんな時だからこそ、やって良かったと思う。指摘点をテレビや新聞で目にしたけど、それってコロナ禍の東京大会に限ったことではなく、かつての他国開催のオリンピックでも様々な問題は起きていたはずだ。

 

世界中を取り巻いたコロナ禍での開催とあって、あまりにも、問題点ばかり、指摘点ばかりに目が行きがちになってしまう。

 

だけれど、東京大会は多くの人の心を励ました。たくさん手を叩いて応援した、選手の姿に純粋に感動した。

 

ラジオで選手が話していた、東京大会への期待、楽しみな気持ち。

 

喜びとか、楽しいとか、悔しいもある。こんな時だからこそフルで味わいたいし、それが日本中、世界中で湧きあがったことはよろこばしいことだと私は思う。

 

みんなが協力したからできた。

 

 

日本人として、今回の大会開催と無事閉幕を誇りに思うし、感謝してる。

 

 

やっぱりいろんなこと諦めたくないわ。それは大きな何かを成し遂げる意味ではく、自分の気持ちを切り裂いてつぶして生きなくていいこと。

 

自分の気持ちは自分だけが理解してるで充分なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

あきらめる?

あきらめないといけないこと多いなと感じる。

ずっとずっと感じてる。

 

 

子供の頃から親に感じて、

暴力振るう先生に感じて、

いつもイライラしてるピアノの先生に感じて。

 

"あぁヤダヤダ"と思いながらも大人は勝手でうるさいから、と諦めて我慢してたよ。

 

でも、自分が大人になったのに、今の子供達のことを考えて今の社会の一員でいられているだろうか。あらゆることを諦めさせてないかな?

理不尽なことばかりだと、諦める。

声はあげることも、諦める。

ずっとこれらが身体に、悪い気がしてる。

 

今の時代、私は本当にしんどくかんじる。

正直、めんどくさくて、めんどくさくて、虚しくなることばかり。

 

子供たちに、自分が嫌だったことさせようとしてる気がする。

 

あきらめて、仕方ないことだって自分を宥める。

 

声を上げることも、怒ることも、訴えることもめんどくさいし、どうせ、ねぇ…って。

(権力が)強い人が勝つんだし、労力の無駄、というような。

 

 

悔しさは募るのに、それをなかったことにしようとするんだ。

 

なんかな…

モヤモヤするよ。

 

時々、海外で政府への抗議活動とか見てると、なんかちょっといいなって思ったりするんだよね。

暴力は良くないけどさ。

 

 

小さい諦めは少しずつやめていこうかな。

 

冷蔵庫に食べようと思ってたプリンがないんだよ。

 

諦める?

でも、今からコンビニ行くのもなぁ。。

 

諦めはやたら転がってる。

 

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無関心

周りの反応に敏感で、人が怖くて気になって仕方がない自分の性格。

 

周りの悲しいニュースに反応してしまっては背負って落ち込んでいた。

 

無関心でいれば、楽になるのだろうか。

「周りのこと気にしてる場合じゃないでしょ」人の不幸を背負い込んでた時にいわれた。

 

そうだ、自分のことだ、まず自分が心身元気でいなければ。

それはその通りだと強く思っている。

 

だけど、無関心でいる自分はあまり心地よくはなかった。

 

私も親との関係には長年悩まされた。

兄妹構成も、親も選び直したい、なぜこの親なんだと何度も思ったことか。

 

 

子供は親を選んでくる

不公平を嘆くな

親のせいにするな

 

 

あふれる想いを誰かの世間の基準に合わせる必要はない。絶対にその必要はないと思う。

 

平等なわけがない。

生活するということのハードルが遥かに高い子に、かける言葉はわからない。

 

だけど、私はもう自分の思いを修正するのはやめる。

 

毒親は多く存在し、子供に愛情を注げない。クソだ。

子供のことを思っていない親なんていない?それはない。誰の自己満のセリフかと思う。

子供をモノ同然、自分の都合の良い駒のように思ってる親なんて山ほどいる。

 

許せない。

胸糞悪い。

 

子供を思わない、向き合わない、少しの時間を使ってあげられない親の気持ちなど知らない。

 

もう綺麗にまとめるものか。

 

胸糞悪い。

 

無関心でいようとするのはやめる。

苦しみ孤独の闇にいる子供が、1人でも減ってほしいと本当に思っている。

 

あなたの存在に気づいているよ。

そのサインはしめしたい。目があったら微笑むし、挨拶もしてみる。

 

今の私にできるのはそれくらいだ。

 

可能ならラジオをきいてみるのもいい。私はラジオに救われた。

うるさいコメンテーターもいない、無責任に煽るニュースはほとんど流れない。

どこの誰かもわからないひとからメッセージが集まる。結構笑える。どんなひとが送ってきているんだろう…

 

想像して楽しむ時間は、結構孤独を埋めてくれる。

 

相変わらずとっ散らかってしまった。

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痛みを葬らない

6歳の女の子が17歳の兄に殺されてしまった事件。

 

いつになっても、子供の命が心が、親の都合で犠牲になる事件はなくならない。

 

17歳の男の子に対する気持ちを書いてみたい。

頼れる身内がいない幼少期から、物心はっきりわかる少年時代、多感な学生時代。

どれほどの孤独と、うすうす気づき始める周りとのあまりに違う理不尽な現実に向き合ってきたのか。

 

教育を受ける環境を奪われ、初めましてに等しい妹の世話押し付けられる。世話というかすべての責任…?

 

自分の人生を生きることをさせてもらえていない、気がしてならない。

 

大人になってつまづいて、過去のせいにしたくなる材料はたくさんあれど、多くの大人はいつまでも親のせいにするなと言う。

だけど、親のせいにさせて欲しい。

あまりにも違いすぎる。

 

1人の人として認めてもらえず、親の言いなりにならざるを得ない、親のためにイエスだけで生きてきた人が、ノーを言えるようになったときくらい、誰かを悪者にすることを許したい。自分だけは、自分の気持ちを許したい。

 

あいつを許せない。

親を憎んでいる。

 

自分に生まれる感情がこういう感情なら、綺麗に上書きしなくていい気がしてる。

 

過去の苦しみには、簡単に前向きには捉えられないほど酷いものはある。

 

17歳の少年の人生は続く。

 

苦しみがあることは、悪ではないと私は思う。

体の何かを蝕んだりするのもだと思っていたけれど、そうでもないと最近思う。

無くそうとするから辛いのかもしれない。

 

よく今日まで生きてきた。 

痛みは無理して葬らなくていいのだ。

時に自分に言いたい。

 

 

トライアスロン

毎日スポーツ三昧!最高!!

 

ゴールテープ目掛けて走るトライアスロン女子の金メダリストfloraDuffy選手…自国に初めての金メダルをもたらしたということで、バミューダのみなさんが大喜びしていて、踊ってて笑

そういう姿がとっても素敵だな…と思った。

表彰台に日本人の選手がいないとテレビでは放送されないから、ネットで見た。

すごくすごく素敵な笑顔だった。

 

完走後も、他選手とお互い抱き合って称え合う姿が最高に素晴らしかった。

 

どれほど辛い練習の日々か、想像もできないけれど、みなさんがこの東京オリンピックを存分に楽しみ、力を出せたらと願う。

 

選手村の食事は楽しめているのだろうか。

リラックスできているかな…

 

 

本当に楽しませてもらってる。

感激してる。

感動してる。

 

選手の皆さん、ありがとう!

 

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