心地よく

耐えてる人がいる。

いじめや虐待、職場でのパワハラ。逆らえない場で我慢することしか選ぶことができない今を生きている人がいる。

 

私は、我慢が染み付いて長いこと生きていた。それが当たり前で、自分より親、友人、自分より何より、周りの人。我慢はもう当たり前だった。

でも当たり前なことなど何もないとすると。

 

…嫌だと思いながらグッと踏ん張っていたんだと思う。

 

たくさんした我慢の中に、本当は言いたかったこと、やりたかったこと、やりたくなかったこと。やめて欲しかったこと…たくさんたくさん詰まっている。

 

外に吐き出されなかったそれらの思いは、自分の中にずっと残ったままな気がする。

否定したところで、押さえ込んだところで消えはしない。

 

本当は、もっと自由に感じるままに生きられたらよかった。

でも、幼少期の家庭環境は大きく関係する。

 

みんながみんな親に感謝はできない。親孝行という言葉は視覚と聴覚が受け付けない。

子供を望まない。

親になるということが不安で、選べない。

 

いろんな思いがあるんだ。

正解はない。いいも悪いもない。

 

人の生き方にあーだこーだいうのも、もうない。

 

自分の人生を生きていれば、人がどんな人生を生きていようと口出しなんてしたいと思わないのではないかと思う。

 

 

…かくいう私は、人の人生にあーだこーだ好き勝手思ったりしてきた。

我慢だらけの自分の人生、自分だけがこんな目に合うなんての恨みが、他人に向けて放たれていたと思う。苦しみをぶつけていたんだ。

自分があまりに残念すぎる。

 

生きづらさから一生抜け出せないと思いながらごまかしごまかしやってきたけれど、やっぱりあまりにも嫌すぎて、あまりにも自分が哀れに思えた。

 

 

時代は大きく変わっていくんだ。

もう自己犠牲や我慢が美徳ではない。そこに力はない。それらが自分を苦しめるものであるなら不健康極まりない。正常に戻るのだ。

既婚独身、子供いるいない、LGBT

こうあるべきの考えを変えようって思っている人が増えている今、差別は本当に時代遅れだ。

地位や権力で人の尊厳を奪うことも、ダさすぎる。

 

 

自分だけは自分の味方でいる。

 

幼少期から何かを一から作るのが好きだった。工作や絵や刺繍制作。

パンやお菓子を焼くこと。手間暇かかるレシピが好きだ。

懐かしい感覚。没頭する。

ずっとやりたかったんだと思った。

黙々と何かするのは、とても心地よい。

 

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自分のやりたかったこと、好きだと思うこと。

取り戻すようにやってみている。